日本のディールマネジメント実態調査 2026:AI導入と実務プロセスの構造的ギャップ
日本市場におけるディール実務は、少数の案件を多数の関係者で進める「高調整負荷型」の構造にあります。一方で、主要な管理手法はいまだメールやExcelに大きく依存しており、情報分散や進捗の不透明性が現場の課題として浮き彫りになっています。 本調査では、投資銀行、Big4、総合商社など、ディール実務に関わる66名の回答をもとに、日本市場におけるディールマネジメントの現状とAI活用の実態を整理しました。
少数案件を多数関係者で進める高調整負荷構造
本調査では、年間のディール関与件数が10件未満の回答者が約9割を占める一方、1案件あたり4〜10社のカウンターパーティが関与するケースが過半数を占めました。特に「1〜5件 × 4〜10社」の組み合わせが最多であり、日本のディール実務では、案件数そのものは多くないものの、関係者調整の負荷が高い構造が一般的であることが示されています。
この結果は、ディールマネジメントにおける課題が単なる業務量の問題ではなく、関係者間の情報共有、進捗管理の複雑さに起因していることを示唆しています。
メール・Excel中心の運用と情報分散の課題
ディールプロセスの主要領域では、依然として非構造的な運用が主流です。NDA、LOI、MOUなどの主要契約・合意書類の締結管理ではメールが最も多く、ティーザーや資料送付・受領管理でもメール中心の運用が目立ちます。プロセス進捗の可視化についても、70%がExcel管理を利用していると回答しました。
こうした運用の結果、回答者の約6割が「情報分散」を現在のプロセスにおける主な課題として挙げています。一方、「プロセスの標準化不足」や「進捗不透明」も主要な課題として挙げられており、特定のツール運用というよりも業務プロセスそのものの非構造性が課題の根底にあることがうかがえます。
AI利用は進む一方、実務価値の創出には課題
AIツールの利用はすでに広がっています。回答者の45%が日常的にAIを利用しており、35%が一部業務で利用していると回答しました。つまり、約8割が何らかの形でAIをディール関連業務に取り入れていることになります。
一方で、AIツールが「十分に機能している」と回答した割合は18%にとどまりました。多くの回答者が一定の効果を認めつつも、実務上の価値創出にはまだ限定的な部分があることが示されています。
AI活用への関心領域としては、ターゲット企業分析、デューデリジェンス、バリュエーション、契約・交渉プロセス、情報管理などが挙げられました。また、AIに期待する機能としては、重要論点の抽出、翻訳、財務情報の整理・分析、ドキュメントの自動要約、Q&A対応の自動化などが上位に挙がっています。
AI活用の障壁は「信頼性」と「ガバナンス」
AI導入における最大の懸念点は、誤情報、いわゆるハルシネーションのリスクでした。回答者の86%がこの点を懸念しており、次いで61%がセキュリティやガバナンス上の懸念を挙げています。
さらに、ハルシネーションとセキュリティ/ガバナンスの両方を同時に懸念している回答者は56%にのぼりました。これは、AI活用における課題が単なる機能面ではなく、「安心して業務に組み込めるか」という信頼性と運用設計にあることを示しています。
調査では、AIは「使えば効く」可能性がある一方で、安心して使える状態にはまだ至っていないという実態も見えてきました。特に日常利用層では有効性を感じる回答が多い一方、試験利用や部分利用の層では評価が分かれており、AIの価値は導入そのものではなく、日常業務への定着によって発揮されることが示唆されています。
求められるのは「人 × プロセス × AI」の再設計
本調査から見えてきたのは、日本のディール実務が抱える課題は、ツールを導入すれば解決するものではないという点です。情報分散、進捗の不透明性、標準化不足といった課題は、メールやExcelといった既存の運用手法だけでなく、業務設計そのものに起因しています。
今後のディールマネジメントでは、AIを単なる便利なツールとして扱うのではなく、人の判断、標準化されたプロセス、信頼できるAI活用を組み合わせた業務設計が求められます。
AIを安全かつ継続的に活用できる運用モデルを構築できるかどうかが、今後のディール実行におけるスピードと精度を左右する重要な要素となりそうです。
AIを安全かつ継続的に活用するために
AIが今後のディールメイキングをどのように変えていくとしても、AIがM&Aディールの一部になりつつあることは明らかです。Intralinksでは、ディールへのAIの組み込みに目的を持って取り組んでおり、人による意思決定を維持しながら、定型業務の効率化や生産性向上を支援することを目指しています。 本調査でも示されているように、AIの利点を活かすには、信頼性、セキュリティ、ガバナンスとのバランスが欠かせません。複雑な取引においてディールチームがより安心してAIを活用していくためには、信頼できるテクノロジーが重要になるでしょう。